下町芸術祭

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2019/10/12

レポート|【下町芸術大学】稲津秀樹さん・パクウォンさん・李洪章さん「新長田民族文化論|新長田エスニシティ基礎講座-コリア編-」

9月6日、今期2回目となる下町芸術大学が新長田駅のすぐ南にある「コミュニティカフェ・ナドゥリ」で開かれました。18時半を回ると続々と参加者が集まり、カフェはあっという間に満杯に。和やかな雰囲気の中、講座が始まりました。今回のテーマは 『在日コリアン、在日朝鮮人の暮らしから「不可視な多文化」を見つめなおす』こと。講師には元長田区民で現鳥取大学教員の稲津秀樹さん、新長田で韓国打楽器奏者として活躍しているパクウォンさん、神戸学院大学の社会学者である李洪章さんの3人をお迎えしました。

文化の可視化の可能性を、アートで探る

まず初めにマイクを握ったのは稲津さん。稲津さんは、ご自身が小学生だったころに同級生に金さんや王さんという名前の友達がいたことで、彼らの名前を通して自分の近くに在る「韓国」の存在に気づいたそうです。確かに私自身も、中学生のころ同じクラスに金さんという友達がいて、中国という国の存在を不思議と身近に感じたことを思い出しました。そのような身近な関係性をきっかけに、多様性について思考することで普段は見えない不可視的な多様性や異文化が可視化されると、稲津さんは語ります。

すると、突然「飛び出し坊や」の写真がスクリーンに映されました。飛び出し坊やとは、交差点や視界の悪い道の曲がり角においてある、飛び出し注意を促す子供形の看板の愛称ですが、どうもこの飛び出し坊や、よく見るものとは様子が違います。何だろうと思い眺めていると、この飛び出し坊やはチマチョゴリを着ているぞと気が付きました。このチマチョゴリを着た飛び出し坊やは、下町芸術祭の参加アーティストで、長田区生まれのソン・ジュンナンさんが制作した『飛び出しトンム(友達)』という作品です。実はこの作品は、深い批評性を持ったアートなのだと稲津さんは語ります。

朝鮮の民族衣装であるチマチョゴリを着て日本の町を歩けば、いまだに罵声を浴びせる人もいると言います。しかしそんなチマチョゴリを着た飛び出し坊やをまちなかに配置することで、日本の町に日韓両文化を共存させることができ、それと同時に文化の共生を許さない社会への鋭い批判にもなっているのです。稲津さんからはアートに焦点を絞り問題設定をすることで、新たな観点から社会を見つめ直すきっかけができるとお話ししていました。

 

 

 

「民族」とは何かを、在日朝鮮人の視点から考える

次にお話されたのは李洪章さんです。在日朝鮮人という立場から、在日朝鮮人にとっての「民族とは何か」について研究されています。

李さんは、小学校は朝鮮学校に通っていましたが、国立大学の受験資格を得るために中学から日本学校に通いました。学生生活中、名前は日本名ではなく本名を使い続けましたが、それでも友人たちとの間で在日などの話題が出ないように神経をとがらせ気を使う生活をずっと続けていたといいます。大学に入ってから、「留学同」という民族学生団体に出会い、活動にのめりこむことになります。同じ境遇の学生に出会うことで、それまで感じていた不安が払しょくされたと李さんは語ります。

しかし時代が進むにつれ、かつて日本国内にあった、在日の人々を差別するような制度が減り、生活水準が上昇することによって、在日の人々の志向性に幅が生まれ、ジェンダーやセクシュアリティに対する意識にも変化が起こる中で、民族団体の中にも多様性が存在することに気がつきました。もはや「同じ境遇にある者同士で経験を共有する」という考え自体が時代遅れだと感じるようになったといいます。

そのような経験を経て、李さんは現在、在日同士の共同性の在り方を見直す必要性を感じ、日本人/在日の二分法を乗り越えつつ「民族」が直面する課題と向き合う一例として「地域」を新たな媒体として機能しうるか検証しています。

 

 

韓国・日本の融合を、芸能のちからで支えていく

最後は、韓国打楽器サムルノリ奏者のパクウォンさん。韓国と日本の文化を融合させた新しい音楽を奏でる、遊合芸能集団親舊達(チングドゥル)として活動しています。岐阜県以外の46都道府県で公演し、韓国でも演奏したことのある実践者です。

チングドゥルは温故知新をテーマに伝統と現代、和太鼓と韓国の楽器チャングー、打楽器と舞と歌の融合を図った音楽です。時に「伝統音楽」はルーツと結び付けられ、ナショナリズムを感じさせるものでありますが、伝統とは言いつつも時代や状況により確実に変化が起きていることを強調し、パクさん自身も変化の担い手として活動しています。

パクさん自身は、高校3年生までずっと日本名を使ってきたそうです。しかし、高3で転機が訪れ、本名を名乗り始め、さらに同じ時期にサムルノリの演奏を始めました。パクさんの学生時代の、賑やかな長田区の商店街の写真をスクリーンに映し、懐かしくて涙が出そうになるとおっしゃっていました。

在日コリアンであるなしに関わらず、長田区に生き、長田の「地域」民としてその地を愛する思いが感じられました。現在は長田区で「スタジオ・長田教坊」を経営し、かつてのにぎやかな街を音楽の力で取り戻したいという願いのもと、「遊合祭」という皆で思い思いの楽器を使って音楽を奏でることで一体感を味わえるコミュニティイベントを開くなど精力的に活動しています。

 

 

在日朝鮮人?在日コリアン?

3人の先生方の濃い話を伺ったあとは、来場者も交えたフリートークの時間。在日コリアン、在日朝鮮人といった呼称について話題が持ち上がりました。実は、李さんは在日朝鮮人、パクさんは在日コリアンと自称しているのです。李さんもパクさんも自覚的に、自分のアイデンティティや思想を表す意味でも呼称を使い分けているといいます。

今では、在日コリアンというのが一番幅の広い表現になるのかな、と先生方はおっしゃっていました。これまで在日の方々の自称について私は特に意識したことがありませんでしたが、多様な思想や背景が反映されているのだなと驚きました。

第2回下町芸術大学では、身近な「地域」が媒介となり、バックグラウンドの違いを超えた経験を共有し、新たな共同体を作る可能性を感じることができました。開催が目前となった下町芸術祭、文化もアートもごちゃまぜで、一体どんな融合が起こるのか、ますます期待が高まるばかりです。

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